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『おいじゃっど』さんが「45分の徒歩通勤から見えた事・感じた事・何気ない風景・気になった風景」とは!!

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妙円寺詣りと苔アート・・・・・・・・今日の出来事

秋になると鹿児島の三大行事の一つ「妙円寺詣り」があります。
妙円寺詣りは、鹿児島市内から日置市伊集院町まで、約20kmの
道のりを歩いて参拝する伝統行事のことで、これは、関ヶ原の戦いで
敵中突破を果たした島津勢の苦難をしのび、当時の武士たちによって
始められました。
今年、大河ドラマで盛り上がっている西郷隆盛や大久保利道も参加
していたそうです。
毎年、ジョギングで参加している私は年ごとにコースを変えて楽しんで
おりますが今年は国道3号線北上コース。
小山田付近を走っていると「苔アート」の木の看板があり気になって
国道から中に入ってみると、思いがけず素晴らしいアートを鑑賞する
ことができました。

全体像

苔アート1 

西郷ドンと桜島
苔アート2 

大久保利通と宝船
苔アート3 
あとでわかったことですが、この集落には他にもいっぱい苔アートが
あるらしいです。
ユニークな発想で、邪魔者の苔を芸術に仕立て上げる技が光ります。

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早期音感教育 岡田清秀生誕の地・・・・・・今日の出来事

10月18日 大分へ出張してきました。
会議が大分市内のホテル日航大分オアシスタワーであったので、
事前にチェックしていたラーメン屋「牛骨ラーメン 牛ごろ」でお腹を満たし
商店街を歩いてホテルの方へ歩いていると商店の壁にこんなレリーフが
あり、立ち止まって見入ってしまいました。

            岡田清秀 生誕の地
    ~ピアニスト・早期音感教育実践者~ 1903-1935
東京音楽大学卒業の後、フランスに学び、幼児期からの
音感教育の重要さを認識し、長男隆弘に実践した。また、
郷土大分の子どもたちにも試み、大いに成果をあげた。
彼の早期音感教育の信念と実践は、今日の日本における
西洋音楽繁栄の礎を築いた。
                              2007年5月
                   岡田清秀・隆弘先生を偲ぶ会
と書いてあります。

IMG_20181018_141004.jpg
 
今から100年以上も前に早期音感教育の必要性を感じていたとは・・・・・

実はうちのの娘達も4歳の頃からピアノを習い始め、以来ずーっと、音楽に携わっております。
娘たちは「絶対音感」を持っていると自慢しております。(ほんとかどうかわかりませんが以前
スマホのアプリでチューナーの音をきかせたら100%音を当てました。よかった、早くから
音楽を習わせておいて)
因みに幼稚園は、音楽教育で名高い「唐湊幼稚園」の出身です。

東京出張 足摺岬と東急ステイ銀座・・・・・・今日の出来事

9月の初め、東京へ出張した際に機内から四国の足摺岬がきれいに見えたので一枚
写真を撮っときました。

足摺岬 
その時の宿泊は東銀座の「東急ステイ銀座」に泊まったのですが、なんと部屋に全自動の
洗濯乾燥機がおいてあるではないですか!

チェックインするときに受付の女性が洗剤の小袋を手に持って「お使いになりますか?」
と聞くので最初はなんのことかわからず「結構です」と断ったのですが部屋に入り納得!

洗濯機の上には電子レンジも置いてあり「いたれりつくせり」という感じ。
東京出張したときもなるべく朝、ジョギングするようにしているのでこれは便利。

早速翌朝ジョギングしたシャツとパンツとおまけに下着も含めて洗濯・乾燥しました。

いつもは汗で濡れたジョグパン・シャツを空調機の吹出口に無理やりかざして乾燥を
早める努力をしていますが、それでも乾ききらずに濡れたまま袋に入れて持ち帰る
こともしばしばでしたが今回は楽に乾燥までできました。
ただ、乾燥まであやると結構時間がかかるようでチェックアウトギリギリまでまって
最後はキャンセルして終わらせました。

hoteru.jpg

琉球船の目印松

鹿児島の祇園之洲から海岸沿いに磯へ抜ける道路を走っていると
海側に松の木が見えます。灯籠の左右生えている松はなんだろうと
近づいてみると案内板に「琉球松」と書いてありました。
薩摩の国は島津斉彬の頃から琉球との交流を盛んにしていたようで
琉球の船が入るときの目印にしていたようです。

琉球船の目汁松 


                琉球船の目印松
           ~磯浜の名物、享年142歳~
磯浜には昔、石灯籠に抱きつくように見事な枝を張った大松がありました。
琉球からの船が入港するとき、目印にした松というところから「琉球人松」
と呼ばれていました。

松の上の丘は桜の名所で、海上から桜を眺める遊覧船も多かったと
いいます。
ところが終戦後、松クイ虫の被害にあい、この名物松を惜しむ人たちが
手を尽くして駆除に努めましたが、その甲斐なく枯れてしまったのです。

そこで、1953年(昭和28年)10月2日、当時の市長 勝目清の
ノコ入れで切り倒され、翌年、数本の姫松が植えられました。
その中の一本が現在、石灯籠の左手に根付いています。

切り倒さた琉球人松の年輪を数えると142あったそうです。
また1973年(昭和48年)5月15日、沖縄復帰1周年を記念して、
那覇市からリュウキュウマツの寄贈を受け、石灯籠の右手に
植えられています。

琉球船の目印松

幸加木神社・・・・・お気に入りの風景

とある日曜日のジョギングコースは、鹿児島市の北部にある小野公園
をベースにすることにしました。
この日の小野公園では高校生の野球の大会(練習試合?)があるよう
で県外のマイクロバスが駐車場に多く見受けられました。

準備を整え、小野公園から北西へ伸びる県道206号を走り始めてすぐ
500メートルくらい、上り道を走っている途中で「幸加木神社」の看板を
見つけました。

        幸加木神社の入り口にある看板

幸加木川沿いの小高い丘の麓に幸加木神社があります。
照葉樹林が広がっていて、鳥居をくぐり進む参道では、木々のトンネル
や苔むした大きな岩場を流れ落ちる清流を楽しむことができます。
社殿の奥は、不動明王などの仏像や石灯籠のほか、岩壁を静かに
流れる滝と水量多く流れる滝の2つの滝を見ることができます。
社殿や滝などが木漏れ日に照らされ静寂に包まれた空間は、
周囲とは少し違った独特の雰囲気を醸し出しています。 
                                    鹿児島市

こうかき神社
 

川の畔に降りて看板に書いてあるとおり、「木々のトンネルや苔むした
大きな岩場を流れ落ちる清流」に沿って50m程歩いていくと石灯籠
の間の小さな石橋が見えてきました。
こうかき神社3 
そこを渡って行くと木々のこもれびの中に社殿が佇んでおりました。
こうかき神社2


恥ずかしい話ですが、「かごしま自然百選」なるものがあるのを
この看板で初めて知りました。
この自然百選を巡るジョギングの旅もいいかも?と帰ってきてから
百選を調べながら思ったものでした。



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